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『For 2nd Chapter』
ふたりを繋ぐ扉。
開いたカーテンから差し込むのは、やわらかな陽の光。
【???】
「おーい」
耳元で声がした。
【???】
「起きてよー」
それは、とても懐かしくて。
【???】
「いっちゃーん」
そして……。
1番会いたかったヤツの……。
【???】
「遅刻しちゃうよっ!!」
【五樹】
「ぐふっ……!」
ボスンッ!
という音とともにやってきたのは、身体中に走る衝撃。
その懐かしい痛みに、思わず声が漏れる。
【綾人】
「もう、やっと起きたー」
その人物は……。
俺の上で、そして不機嫌な顔で……。
朝の、優しい光に照らされていた。
【五樹】
「綾、人……?」
その名前を呼んだのは、いつぶりだろう。
その顔を見たのは、いつぶりだろう。
目に映る人物が、信じられなくて。
俺は思わず、そいつに向かって手を伸ばす。
【綾人】
「ん?」
そいつは、少し小首を傾げながら……。
そっと、俺の手に触れた。
【五樹】
「!」
その感触を感じたとたん、俺の意識は完全に覚醒する。
目の前にいる人物は、紛れも無く……。
俺の幼なじみだった。
【五樹】
「な……」
情けない声が漏れる。
【五樹】
「なんでおまえが……ここに……」
信じられない。
信じられるわけがない。
だって……。
心から望んでいた光景が、今、目の前に広がっていたのだから。
綾人の重さなんてすっかり忘れたまま……。
ベッドの上で、固まったまま動けないでいる。
【綾人】
「何言ってるの、いっちゃん」
綾人は呆れた顔のまま、わざとらしくため息をついた。
【綾人】
「なんか、変な夢でも見たの?」
【五樹】
「夢……?」
夢……。
どっちが……?
夢は、まさにこの世界だろ……?
だって、綾人はたしかに……。
…………。
いや、まさか……。
あの、綾人がいなくなってしまった世界の方が……夢だっていうのか?
そりゃあ俺だって……夢だと信じたかったさ……。
辛くて、苦しくて、救いのない世界……。
だけど……。
もしも今、目の前に広がる光景が現実だとしたら……。
もしかして俺は……。
長い、夢を見ていただけなのか……?
今、ようやく夢から醒めた……のか……?
【五樹】
「そんな、馬鹿な……」
【綾人】
「ほらほらっ!」
【五樹】
「!」
ボーっとする俺にしびれを切らし、綾人はベッドの上から飛び降りる。
そしてすぐ横に立つと、思い切り布団を剥ぎとった。
【五樹】
「さむ……っ!」
冬の冷たい空気が、身体中に容赦なく突き刺さる。
【綾人】
「早くしないと遅刻しちゃうよ!」
【綾人】
「……それとも、ボクが着替えさせてあげた方がいいの?」
【五樹】
「え……?」
未だ混乱を続ける頭。
綾人の言葉の意味がわからず、少し考えて。
【五樹】
「ば……っ! そんなわけねーだろ!!」
【綾人】
「やだなぁ、じょーだんだよ、じょーだん」
ケラケラと。
綾人はまるで子供のように、笑った。
【綾人】
「それじゃ、ボクは玄関で待ってるからね。早く来てね」
バタンと。
部屋のドアを乱暴に閉めて、玄関へと降りていく。
【五樹】
「あ、ああ……」
俺は、綾人に言われるままに……。
しかし自然に。
学校に行く支度を始めていた。
*****
朝の教室は、いつも通りの喧騒に包まれていた。
机で楽しそうに話しながら化粧をしている女子生徒に、朝練の終わった運動部員たち。
俺の中にある記憶と、何ひとつ違わない……完璧な日常。
それは、本当に……。
本当にありふれた、いつもの光景だった。
【煉】
「おはよう」
教室に入るなり、すぐに委員長が挨拶に来てくれた。
【煉】
「今日も寒いな」
【五樹】
「ああ……そうだな」
【綾人】
「お、おはよう……煉くん」
綾人も、俺の横からぴょこっと横から顔を出す。
【煉】
「ああ、おはよう。ふたりとも、相変わらず仲が良いな」
【五樹】
「…………」
改めて委員長の顔をじっと見る。
俺の知っている委員長と何ら変わらない姿のようだが……。
【煉】
「? 大崎、どうしたんだ? 眉間にシワなんか寄せて」
【五樹】
「え……」
どうやら、思った以上に険しい顔をしていたらしい。
しかし何を思ったのか、委員長は楽しそうに俺の眉間をつついてくる。
【五樹】
「い、いや……」
【綾人】
「いっちゃん、朝からおかしいんだ」
【煉】
「そうなのか?」
【綾人】
「あ、えっとね……おかしいのはいつものことなんだけど……えっと……」
【五樹】
「そんなフォローいらねえよ!」
思わず右手が、綾人の頭を叩いていた。
【綾人】
「いったーい!」
【五樹】
「……そんなに痛いわけないだろ」
なんか調子が狂うな……。
…………。
【五樹】
「あ……」
いや、違う。
これが、いつもの調子だ。
これが……普段のふたりの関係なんだ……。
何を今更……。
【?】
「よお」
聞き覚えのある声が、背後から聞こえた。
思わず振り返れば、見たことのある長身の影。
俺より少しだけ高い背丈の……。
【五樹】
「神田……」
【鷲介】
「なんだよ、大崎。変な顔して」
何か失礼なことを言われた気がするが……。
それに対しての怒りの感情よりも……。
懐古の気持ちが、胸を締め付けていた。
【煉】
「遅いぞ、鷲介」
代わりに委員長が、神田に文句を言う。
……あれ?
ちょっと待てよ。
委員長は、記憶を消されたんじゃ……。
【鷲介】
「悪いな、電車が混んでたんだ」
【煉】
「電車は混んでても、定刻につくだろうが!」
スパーンと、委員長のツッコミが決まった。
【五樹】
「委員長……」
思わず、呼んでしまう。
【煉】
「なんだ、大崎」
【五樹】
「委員長……神田のこと、覚えてるのか……?」
【煉】
「え?」
【鷲介】
「何言ってんだ、おまえ」
委員長と神田のふたりから、怪訝な顔をされた。
【鷲介】
「なんで煉が、オレのこと忘れるんだよ」
【五樹】
「い、いや……その……」
【煉】
「大崎、具合が悪いのなら……」
【五樹】
「わ、悪い……なんでもないんだ……」
【鷲介】
「なんだよ、変なやつ」
神田は気を悪くした様子もなく。
まるで面白いものを見るかのように、笑っていた。
【五樹】
「…………」
それじゃあ、委員長は……。
神田の記憶を消されていないってことなのか……?
でも……そんなこと……。
【綾人】
「いっちゃん」
【五樹】
「……なんだよ」
【綾人】
「頭、大丈夫?」
【五樹】
「…………」
【綾人】
「いったーい!」
思わず右手が、綾人の頭を叩いていた。再。
本当に、コイツは……!
【煉】
「そういえば、鷲介。今日は真面目に授業に出るんだな」
【鷲介】
「おお、そろそろ出席日数が怪しくなってきたからな」
【煉】
「またおまえはそういう計算をして! 授業は毎日出るのが当然だろう!」
【鷲介】
「……面倒くせえ」
【煉】
「しゅ・う・す・け? 今、なんて?」
【鷲介】
「い、いや……はは。何でもねえって……」
笑いながら怒る委員長に、困ったように笑う神田。
それは、俺が良く知る……。
いつものふたりの姿だった。
【?】
「朝から楽しそうだね」
【五樹】
「!」
声を聞いた瞬間、身体が反射的に動いていた。
【五樹】
「藍……」
威嚇するように振り絞った声は、掠れていた。
それでも。
それでも、俺はそこを退くわけにはいかなかった。
綾人を……その声の主から守るために。
【藍】
「イツキ? どうかした? 私の顔に何かついているかい?」
【五樹】
「え……」
まるで小動物のように、きょとんとした顔で。
藍は不思議そうに首を傾げていた。
まるで俺が異端とでも言うように、周りの人物たちも顔を見合わせている。
それは、神田も同じで……。
【五樹】
「なんで……」
なんだ……。
なんなんだ……この世界は。
いないはずの綾人がいて。
記憶を消されたはずの委員長がいて。
どこかに連れて行かれたはずの神田がいて。
全てを知っていて、行方をくらませたはずの藍がいる。
……けれど。
けれどそこにあるのは、ギスギスとした嫌なものではなく。
まるで、あの花火の時のような……優しい空気。
いつまでも、今が続けばいいと。
心の片隅で、生まれていたちいさな欠片……。
【五樹】
「…………」
まさか……。
まさか、これは――――。
【五樹】
「(俺が……望んだ世界……?)」
綾人がいて、委員長がいて、神田がいて、藍がいる……。
普通に生活をしていて、普通に学校に通っている。
もしかしてここは……。
俺が望んだ世界なのか……?
【五樹】
「…………」
それを肯定するかのように。
太陽の光が、より一層……教室を暖かく照らした気がした。
【五樹】
「……っ」
ああ……。
いつ以来だろうか……。
こんなにも穏やかな気持ちになったのは……。
一緒に過ごした時間が長かったとしても、短かったとしても……。
俺は、たしかにみんなが好きだった。
一緒に過ごした時間は、かけがえのないものだった。
もしもここが、何のしがらみもない幸せだけの世界だとしたら……。
俺は――――。
この世界に、甘えてもいいのだろうか……?
手を伸ばしても、いいのだろうか。
【?】
「でもね、真実はいつも残酷なものって決まってるの」
【五樹】
「!」
誰かの、言葉を思い出す。
【?】
「自分で考えた最悪のシナリオ……でも、神様は簡単に書き換えるの。さらに最悪なものにね」
……ああ、知ってる。
【?】
「そいつは、待ってなんかくれないわ。目をそらしたら負けなのよ」
分かってる……。
【五樹】
「(そんなこと、分かってるけど……!)」
それでも……。
それでも、俺は……。
“負ける”ことで、ここにいられるのならば……。
ここにいることを望んでやるさ……っ。
それが例え、嘘だらけの世界だったとしても……!
【五樹】
「…………」
【藍】
「イツキ?」
【綾人】
「あんまり気にしないでいいよ。いっちゃん、今日なんかおかしいから……あ、今日だけってことないか」
【五樹】
「…………」
【綾人】
「いったーい!」
【五樹】
「おまえは、ひとこと多いんだよ!」
【綾人】
「だってホントのことだもんっ!」
【五樹】
「なんだとっ!」
【煉】
「やめないか、ふたりとも」
【鷲介】
「いいじゃねえか。ただ、じゃれあってるだけだし」
【五樹】
「どうやったらそう見えるんだよっ!」
【綾人】
「ばかー! いっちゃんのばーかっ!」
【五樹】
「綾人っ! てめえっ!」
【藍】
「ふふ。いつもの五樹に戻ったみたいだね」
藍は再び穏やかな表情に戻った。
そう。
これがいつもの俺だ。
こうやって綾人と馬鹿なことでケンカをして……。
普通の学校生活を送る……。
これが、いつもの俺なんだよな……。
【藍】
「あ、そうだ」
藍は何か思い出したのか、ゴソゴソとカバンを漁り始める。
【藍】
「今日の放課後……キミたちは予定があるのかな?」
そう言いながら取り出したのは、1枚のチラシだった。
【藍】
「コレを見てくれないか。さっき、道で配っていたものなんだけど」
【綾人】
「商店街の、イルミネーション……?」
【鷲介】
「ああ……そういや、クリスマス辺りからずっとやってたな」
全く興味無さそうに、神田が呟いた。
【藍】
「そうなんだけれど……実は、私はまだ見たことがないんだ」
藍は少しだけ恥ずかしそうに、笑う。
【藍】
「だから、一緒にどうかなって」
【煉】
「行きたい!」
1番初めに食いついてきたのは、まさかの委員長だった。
【鷲介】
「いや……おまえ、部活だろ」
【煉】
「ふふん、部活は今日は休みだ」
ドヤ顔で言われる。
【鷲介】
「そうかい……」
【藍】
「それはちょうど良かった」
【藍】
「みんなで行こう」
【五樹】
「んー、俺は……」
考えながら、自然と綾人を見る。
【綾人】
「あ……ボ、ボクも行きたい……!」
珍しく、自ら挙手をしていた。
【五樹】
「まあ、綾人が行くなら……」
今日は、特に予定もないし……。
イルミネーションっつったら、帰りも遅くなるだろうし……。
あ。
べ、別に綾人が心配なわけじゃねえけど……!
【綾人】
「へー」
【五樹】
「なんだよ」
【綾人】
「べっつにー」
【藍】
「良かった、それじゃあみんなで……」
【鷲介】
「オレは遠慮しとく」
フイと、神田は視線を逸らした。
【鷲介】
「男同士でイルミネーション見て、何が楽しいんだよ」
【煉】
「おまえはまたそんなこと言って……」
【藍】
「イルミネーション、綺麗だよ?」
【鷲介】
「そういう問題じゃねえよ」
委員長と藍が説得にかかるが……。
神田はそっぽ向いたままだ。
どうしても行きたくないらしい。
【五樹】
「ったく」
……しょうがねえな。
【五樹】
「……いいじゃねえか、委員長」
【煉】
「大崎……」
【五樹】
「そんなことよりさ。放課後っつっても、イルミネーションの点灯まで時間が空くよな」
【煉】
「ああ、そうだな」
【五樹】
「んじゃ、時間になるまでファミレスにでも寄って、何か食べようぜ! 例えば……」
すうと、息を吸い込んで。
【五樹】
「ケーキとかパフェとか」
【鷲介】
「!?」
【藍】
「シュースケ、どうしたの? 急に顔上げたりして」
【鷲介】
「……い、いやー」
神田は半笑いのまま、固まっている。
しかしすぐに。
【鷲介】
「たまには仲間とコミュニケーションをとるのもいいよな!」
【五樹】
「…………」
【煉】
「馬鹿者。行きたいのなら、初めからそう言え」
委員長の冷静なツッコミが入る。
【藍】
「それじゃあ、決まりだね」
藍は嬉しそうに笑った。
【綾人】
「いっちゃん、ナイス」
綾人の声が、後ろから聞こえる。
【五樹】
「まあな」
その言葉が、何故か少しだけむず痒かった。
*****
予定通り、オレたちは駅前のファミレスにやってきた。
平日夕方のファミレスは、オレたちのように時間を持て余した学生で溢れている。
橙色の光が包む中、あちこちで楽しそうな談笑が飛び交っていた。
【店員】
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
【五樹】
「コーヒーひとつ」
【綾人】
「えっと、ココアひとつ」
【藍】
「それじゃあ、私はオレンジジュースをひとつ」
【煉】
「自分は、フライドポテトと唐揚げのセット」
【鷲介】
「……いちごパフェひとつ」
【店員】
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
アルバイトであろう店員は、慣れた様子で注文を受けると、すぐに店の奥に戻っていく。
【鷲介】
「おい……今の店員、オレの注文聞いて笑ってなかったか?」
【五樹】
「気にしすぎだろ」
【鷲介】
「いや、絶対笑ってた……」
神田はまるでの告白でもした直後のように、照れた顔を伏せる。
【藍】
「ふふ……たしかに、1番いちごパフェを頼みそうにない人物だもんね」
【鷲介】
「うるせえ……オレンジジュースなんて、無難なもの頼みやがって」
【煉】
「おまえ、意外と甘いモノが好きだったんだな」
委員長が少し驚いたように神田を見た。
【鷲介】
「ち、違うぞ! 今日はそんな気分だっただけだ!」
【煉】
「照れることないだろうに……」
【藍】
「複雑な年頃なんだよ」
【煉】
「ふむ、そういうものなのか?」
【五樹】
「そういう委員長は、結構胃にヘビーなものを頼むな」
【煉】
「そうか? これでも夕食前だから遠慮したのだが」
【藍】
「レンは運動部だもんね、いっぱい食べないと」
【煉】
「うむ、腹が減っては戦はできぬと言うからな」
【鷲介】
「いったいこれから何と戦うんだよ……」
【綾人】
「ねえ、いっちゃんはコーヒーだけでいいの?」
【五樹】
「ああ……あんま腹減ってねえし」
【煉】
「しかしコーヒーとは、高校生っぽくないチョイスだな」
【鷲介】
「おまえ、中身オッサンだろ」
【五樹】
「コーヒー頼んだだけで、散々な言われようだな……」
【藍】
「アヤトは、相変わらずのココアなんだね」
【綾人】
「うん……! 昔から大好きだから!」
【五樹】
「自販機見つけるたびに、買いに走って行くくらいだからな」
【綾人】
「ぶー、いいじゃん。好きなんだから」
【五樹】
「でもコイツ、プルタブひとりで開けられないんだぜ」
【綾人】
「あー! なんでバラすのさーっ」
綾人がポカポカと肩を叩いてくる。
全く痛くないけどな。
【煉】
「それじゃあいつもどうしてるんだ?」
【五樹】
「え? 俺が開けてやってるんだよ」
【藍】
「それって……」
【煉】
「なるほど、いつも一緒にいるってことだな」
【鷲介】
「夫婦だろ、おまえら……」
【五樹】
「ち、ちが……っ!!」
【店員】
「お待たせいたしましたー! ご注文のいちごパフェになります!」
俺の抗議の声は、虚しく……。
店員の登場によってかき消されてしまった。
*****
商店街。
夜だというのに、街は人で溢れている。
まあ、だいたいがイルミネーションを見に来たカップルなわけだが。
そういえば、ファミレスを出た辺りから、ちらほらと雪も降り始めていた。
まさにデートには最適だ。
……俺には関係ないけどな。
【綾人】
「わ! ついた! ついたよ、いっちゃん! 綺麗だねっ!」
【五樹】
「見りゃ分かる」
横で騒いでいる綾人を尻目に、俺は再びイルミネーションを見上げた。
さまざまな色の電飾が、まるで絵画のように夜空を彩っている。
【鷲介】
「すげーな」
【藍】
「ちょうど雪も降ってて……すごく幻想的だね」
【五樹】
「そうだな」
藍の言うとおり、ライトに照らされた雪は、まるで自ら光を放っているようだ。
【煉】
「ほう……イルミネーションは、今日で最後らしいな」
委員長は、イルミネーションの点灯期間が描かれたポスターを見て、名残惜しそうにそう呟いた。
【鷲介】
「まぁ……もう、これで冬は終わりだからなぁ」
【藍】
「冬の終わり……」
【綾人】
「それじゃあ……春が、来るね」
【五樹】
「春……」
暖かくなって……。
雪が溶けて……。
そして……。
【綾人】
「いっちゃん、どうしたの? ぼーっとして」
【五樹】
「い、いや……」
胸に忍び寄る嫌な予感を、慌てて誤魔化す。
【五樹】
「なんでもねえよ……」
そう……なんでも……。
【綾人】
「ならいいや」
【五樹】
「!」
言うやいなや、綾人が俺の腕にひっついて来た。
【五樹】
「な、なにして……」
【綾人】
「だって、寒いんだもーん」
【五樹】
「“だもーん”じゃねえよ! は、恥ずかしいだろ!」
【綾人】
「へえ……恥ずかしいんだ?」
【五樹】
「あ、当たり前だろ……」
【綾人】
「『嫌』じゃないんだ……?」
【五樹】
「そ、それは……」
口ごもる俺を楽しそうに見て……。
綾人は、ゆっくりと離れた。
【五樹】
「綾……」
【鷲介】
「大崎、月島!」
綾人に再び声をかけようとしたところで、神田に呼び止められてしまった。
俺は出しかけていた手の行方を誤魔化すように、ズボンのポケットの中へと戻す。
【鷲介】
「ほら。そろそろ帰るぞ」
【煉】
「だいぶ冷えてきたな……」
【藍】
「風邪、ひかないようにしないとね」
各々の会話が再び始まる。
俺は少しだけ遠くでその様子を見つめながら。
促されるままに、帰路についた。
*****
【鷲介】
「じゃ、オレたちはこっちだから」
【藍】
「それじゃあまたね」
【煉】
「ふたりとも、明日も遅刻しないように」
【五樹】
「おう」
【綾人】
「ばいばーい」
分かれ道。
俺たちは神田たちとは逆方向に歩き出した。
ところどころに電灯があるだけの、真っ暗な道。
ここをまっすぐ行けば、すぐにふたりの隣り合った家が見えてくる。
【綾人】
「んー、すっごく楽しかったぁ」
そう言った綾人の表情は、本当に幸せそうだった。
【五樹】
「……そりゃ、良かったな」
その笑顔を見て、俺も不思議とほっとする。
【綾人】
「そういえばさ、初めてだったね……5人で遊びに行くの」
【五樹】
「そう、だな……」
【綾人】
「いつも、いっちゃんとふたりっきりだったもんね」
【五樹】
「ああ……」
【綾人】
「楽しいんだね……他の人と一緒にいるのも」
綾人は、まっすぐに。
雪の降る空を見上げていた。
【綾人】
「でも……」
綾人は、その小さな手をそっと伸ばし……。
再び俺の腕にしがみついた。
【綾人】
「やっぱり……いっちゃんといるのが1番落ちつく、かな」
【五樹】
「綾人……」
今度は、突き放さなかった。
突き放せなかった。
たぶん、綾人の言うとおり……俺は、嫌じゃなかったから……。
【五樹】
「なに……言ってんだよ」
自分の、コントロール出来ない心音を誤魔化すように……。
少しだけ声を大きくする。
【五樹】
「そんなの、当たり前だろ。俺たちは、ずっと一緒にいたんだから……」
【綾人】
「そうだね……ずっと、一緒……」
少しだけ、震えを含んだ綾人の声。
【五樹】
「あ……」
この声を……。
俺は聞いたことがある……。
それはいつだ……?
……いや、知っているはずだ。
思い出さないようにしているだけだ。
だってそれは、暗い暗い記憶。
雪の降る、森の教会で――――。
【綾人】
「ねえ、いっちゃん」
凛とした声だった。
【五樹】
「綾人……?」
いつの間に離れていたのか……。
少し後ろの方で、綾人はひとり立ち止まっている。
【綾人】
「冬はとても辛いけど……いつかは絶対に、春が来るから……だから……」
【五樹】
「なに、言って……」
【綾人】
「負けちゃ、ダメだよ……っ! いっちゃん……っ!」
まるで悲鳴のような綾人の声。
――――また、いなくなってしまう。
そう、直観した。
【五樹】
「綾人……っ」
嫌だ……っ!
このまま離れてしまうなんて……っ。
綾人の手をつかもうとして……。
すぐに、走りだしたけど……。
それを邪魔するように……。
真っ白な光が辺りを包み込んでいた。
【五樹】
「くそ……っ」
眩しくて目を開けていられない。
どんなに必死に手を伸ばしても……。
その手は――――綾人には届かない。
【五樹】
「分かって、いたさ……」
そう。
だって、これは……。
*****
…………。
目を開けばそこには……。
……見慣れた、天井があった。
【五樹】
「夢……」
呟いて。
今が現実であることを思い知らされた。
心から望んだ世界を、奪われたことによる絶望と……。
やはり……という諦め。
優しい世界なんてない。
手に入れても、すぐに奪い去っていく。
嘲笑いながら。
俺は冷たくなった汗を、袖で拭った。
横目で時計が示す時間を確認する。
【五樹】
「もう、こんな時間か……」
俺は棚においてあった眼鏡を手に取り、立ち上がった。
かければ、ぼやけていた視界が広がっていく。
【綾人】
「負けちゃ、ダメだよ……っ! いっちゃん……っ!」
鮮明に思い出すのは、綾人の言葉。
【五樹】
「ごめん……綾人……」
おまえは、夢の中でさえ……。
俺を支えてくれるけれど……。
俺……。
おまえを奪ったこの世界が大嫌いだから……。
だから……。
この世界が、絶望しか与えないのならば……。
それならば――――。
【?】
「五樹、そろそろ出かけるわよ」
階段の下から、母親の声が俺を呼んだ。
【五樹】
「……ああ、今行く」
自分に言い聞かせるように、言葉を残し。
そして、真っ暗なままの部屋をあとにする。
陽の光を遮るのは、閉じたままのカーテン。
何故なら……。
もう二度と、ふたりを繋いでいた扉が開くことはないのだから。
『For 2nd Chapter』END
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